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ナイアガラの滝の起源伝説

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カナダ・トロントでの国際宗教学宗教史会議・第20回世界大会
http://buoneverita.blog89.fc2.com/blog-entry-38.html
に行って来ました。エクスカーションでナイアガラの滝も見て来ました。

ナイアガラの滝の由来については、イロクォイ系セネカ族に次のような伝説があります。

出典は、今回トロントの書店で購入した
Clark, Ella Elizabeth, Indian Legends of Canada, Toronto: McClelland & Stewart, 1960の86-87頁です。

(著者のクラークはワシントン州立大学の英語の教授だった方で、
『アメリカ・インディアンの神話と伝説』〈民俗民芸双書〉山下欣一訳、東京:岩崎美術社、1972年という訳書もあります。
これはIndian Legends of the Pacific Northwest, 1953という別の本の訳です。)

*   *   *

ナイアガラの滝の起源

 大昔、セネカ・インディアンのある美しい娘が、その家族によって醜い老人の許嫁(いいなずけ)にされた。彼女はこの男に嫁ぎたくなかったが、父は結婚するよう強く迫った。他に逃れるすべもなく、ある日彼女はカヌーに飛び乗ると、ナイアガラ川の早瀬に漕ぎ出した。嫌な男と結婚するよりも、川の怒涛に呑まれて死んだ方がはるかにましだと考えたのである。

 ナイアガラ川のたぎる流れの後ろの洞穴に、雷男(Thunderer)が住んでいた。彼は雲と雨の偉大な首長で、豊収の守護者でもあった。セネカ族の友人・庇護者である彼は、少女のカヌーが近づいて来、その顔が浮かないのに気づいた。もうすぐそのボートは岩に突撃することを知り、彼は翼を広げて救出に飛び出し、ボートが粉々になる直前に彼女を捕まえた。

 何週間も、彼女は雷男とその洞穴ですごした。彼は少女に多くのことを教えた。たとえば彼女は、どうして彼女の部族で多くの人々が死ぬのか、どうしていつも熱病が流行っているのかなどを知った。

「蛇の化け物が、お前の村の地中にとぐろを巻いているのだ」と雷男は彼女に告げた。「そいつが這い出して泉に毒を入れているのだ。やつは人間を喰って生きているのだからな。そして人間を喰らえば喰らうほど、ますます喰いたくなり、人々が自然に死ぬのを待っていられないのだ」。

「私たち、どうしたらいいの?」と少女はたずねた。「その人喰い蛇から、どうやったら逃れられるの?」
「村から離れるのだ」と雷男は答えた。「もっと大きな湖の近くへ移らねばならぬ」。

 雷男は、族内の醜い老人が死ぬまで、彼女を洞穴内にかくまってくれた。
「さて、家に帰る時が来たぞ」と彼は少女に言った。「そして村人たちに、雷男から習ったことを皆教えるのだ」。

 娘は彼の教えをすべて憶えており、人々はその言葉をよく聞いた。彼らは家を壊し、大きな湖の近くに新しい村を作った。しばらくは平穏だった。新しい村に病気はやって来なかった。

 しかしまた例の熱病が起こり、インディアンたちはそれで死に出した。大蛇は人々の後をのたうち、前の村で殺した以上の人々を新しい村で殺そうと考えていた。雷男は蛇が地中から這い出すのを見た。ある晩のこと、蛇が村近くの小川に近づいた時、雷男はそいつに雷を落とした。大きな音がして人々はみな飛び起きたが、雷は蛇を傷つけただけだった。蛇は死ななかった。

 雷男はもうひとつ雷を落とした。そしてもうひとつ。さらにもうひとつ。とうとう、泉に毒を入れていた蛇は死んだ。

 蛇の死体のとぐろを外してみると、とても巨大で、矢の飛ぶ距離の20倍以上もの距離にわたって伸びていた。彼らはそれをナイアガラ川へ押して行き、流れを下って行くのを見ていた。

「山のようにでかいな」、彼らは言い合った。「岩あいの狭い所を通り抜けられるかな?」

 蛇の巨体が狭い所にさしかかると、それ以上進めなくなり、岩の間にはさまった。水はその上に盛り上がり、巨大な滝になってその上を流れ落ちた。蛇の化け物の重量が岩の上を押しているので、岩は押し戻されて、大きな弓のように曲がった。

 それからというもの、セネカ族の村には熱病はなくなった。そして、曲がった大弓の形をした巨大な滝はナイアガラ川に残り、友人であり庇護者である雷男のことを、インディアンたちに思い出させているのである。

*   *   *

今の話の典拠としてクラークが挙げているのは、
Smith, Erminnie A., "Myths of the Iroquois,"
Bureau of American Ethnology, Second Annual Report, 1880-81 (Washington, 1883), pp. 47-111の54-55頁。
きちんと古い資料から引用してくるクラークの姿勢はすばらしいと思います。

なお、私の愛用しているネイティヴ・アメリカン神話辞典
Gill, Sam D. & Irene F. Sullivan, Dictionary of Native American Mythology,
Santa Barbara: ABC-CLIO, 1992の122頁によれば、
この「雷男」(Thunderer)は“Hinon”という名前だそうです。

次の話(同じくセネカ族)も、クラークの本(87-88頁)に出ていたもの。

*   *   *

ナイアガラの滝の生贄(いけにえ)

 ナイアガラ川の滝の音は、水中に棲む強力な精霊の声だと言われていました。その精霊への最後の生贄として記録されているのは、ラ・サールの抗議にもかかわらず首長イーグルの娘が生贄に選ばれた1679年のものです。(クラークによる解説文)

 大昔、森のインディアンたちは毎年ナイアガラの滝に集まり、この力強い滝に棲む精霊に生贄を捧げていた。生贄は、白いカヌーを熟した果実と美しい花々で満たし、初潮を迎えたばかりの、一番かわいらしい少女が漕いで行くというものだった。滝の縁への漕ぎ手に選ばれるのは名誉とされていた。選ばれた少女自身も、称賛と栄誉を感じていた。

 ある年、滝の精霊への生贄に選ばれた少女は、セネカ族の首長の一人娘だった。その父は、勇士の中の勇士だった。その母は敵の部族に殺された。美しい娘は彼の大いなる歓びだった。彼の険しい顔に笑みをもたらすことができるのは、この娘だけだった。

 娘が生贄に選ばれたことを知っても、首長は顔色ひとつ変えなかった。心中の苦悶を外に出すことはまったくなかった。

 儀式の時がやってきた。一日中、小川のそばでは歌ったり踊ったり遊んだりの祭がひらかれた。夕刻になり、人々はみな白いカヌーの漕ぎ出しに集まった。そこにはすでに、ナイアガラの精霊への贈り物である花と果物が積まれていた。月が水面を照らし、滝の泡と霧はやわらかな銀色に輝いていた。滝は轟音を立てていたが、人々は静かだった。昼間の祭で聞かれた歌と歓声はやんでいた。人々は静かに、じっと川を見上げていた。

 間もなく、川岸の木陰から白いカヌーが滑り出て来るのが見えた。それは素速く滝の上の急流を過ぎた。激流から逃れるすべはないことを誰もが知っていた。落ち着いた様子で、少女はそのカヌーを流れの中心へ向けた。見ている人々の方が落ち着きを失って叫び声をあげた。狂ったように怒鳴る者、称賛と激励の言葉をかける者。

 突然、彼らの注意は少女とカヌーから離れた。もう一艘のカヌーが森の木陰を離れ、川へ飛び出すのが見えたからだ。それは素速く最初のカヌーに近づいた。岸の人々は、漕ぎ手が誰なのかを知った。それは、生贄にされる少女の父、彼らの首長であった。

 いくどか力強く漕いで、彼のカヌーは娘のカヌーの横についた。父と娘はお互いを見つめ、二艘のカヌーは横づけになったまま、轟音を立てる滝へ突進した。彼らは共に、ナイアガラの精霊のもとへ行ったのだ。

 彼らは真に強い精霊へ姿を変えたのだ、と言う者がある。娘は霧の乙女(maid of the mist)に、父は滝の主になったのだと。水面下ずっと深くに住む彼らにとって、ナイアガラの咆哮は音楽なのだ。

*   *   *

こちらの出典は、
Skinner, Chas. M., Myths and Legends of Our Own Land, 2 Vols.,
Philadelphia: J. P. Lippincott, 1896の第1巻61-63頁。

クラークの解説文に出ているラ・サールとは、フランス人探検家
ルネ=ロベール・カヴリエ・ド・ラ・サール(1643-87)のことです:
・Dictionary of Canadian Biography Online
http://www.biographi.ca/009004-119.01-e.php?BioId=34231
・ウィキペディア日本語版
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%AB%EF%BC%9D%E3%82%AB%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%AB
・スタンプ・メイツ:切手で綴る 大航海物語
http://www.k5.dion.ne.jp/~a-web/Gv-fLaSalle.htm

現在、ナイアガラ滝の見物用の船の名前を“Maid of the Mist”(霧の乙女)号と言いますが、
それはこの伝説に基づくものなんですね。

なお、大蛇の退治と言い、精霊への乙女の生贄と言い、「八岐の大蛇(ヤマタノオロチ)」や
ペルセウスとアンドロメダの物語を思い出させますが、

大林太良「日本の神話」
和歌森太郎/高崎正秀/池田弥三郎/山本健吉(編)『古代文芸と民俗』
(民俗文学講座;第4巻)337-374頁、東京:弘文堂、1960年

の351頁によれば、このタイプの分布地域は旧世界の古代文明地帯にほぼ限られており、
新大陸からは断片的なものしか知られていない。
そのうち、北米東部に分布する蛇退治神話は、「中米の中心からの放射であろう」と見られています。

農耕を含めたさまざまな文化・技術・伝承のアメリカ大陸における伝播の大勢を考えると、
今のところこの見方が当たっているように思われます。
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みやぎ県民大学・免許状更新講習:9月13日~18日

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みやぎ県民大学と
http://www.pref.miyagi.jp/syougaku/kenmin/index.htm
免許状更新講習の
http://www.bureau.tohoku.ac.jp/kyom/koushin/course/shousai/course2010_01.html
共通企画として、来月9月13日(月)から18日(土)にかけて、
東北大学川内南キャンパスにおいて、
「人間理解の方法論2:世界・日本・仙台」という連続講義が行われます。

講師はいずれも東北大学大学院文学研究科の教員です。
私は9月16日(木)18:00~19:30に、
「世界の神話、郷土の民話―人類宗教史の視点から」と題してお話しします。

次のような内容を取り上げる予定です:
・殺された女神の体から作物が生じた神話(ハイヌヴェレ、オホゲツヒメ)
・三枚のお札など呪的逃走の物語
・シンデレラと日本の民話「米福粟福」
が、変更するかもしれません。

なお、参加申込期間はもう終わってしまったようです。
categoryシンポジウム・研究会・学会

日本宗教学会第69回学術大会:9月3日~5日

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日本宗教学会
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jars/
の第69回学術大会が、9月3日から5日にかけて、
東洋大学の白山キャンパスにて開催されます。

私は、5日の午後に行われるパネル
「日本神話研究―回顧と展望―」(代表者は松村一男先生)
の中で、「日本における民族学的神話研究」と題して発表します。

プログラムなどの詳細は、大会のサイトからどうぞ:
http://bunbun.toyo.ac.jp/intetsu/jars2010/
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「ムカサリ絵馬」展:9/25~10/2

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9月25日(土)から10月2日(土)の一週間、
東北大学附属図書館本館の展示室で、
http://tul.library.tohoku.ac.jp/modules/main/
「ムカサリ絵馬」展~描かれた死者の結婚式~
が開催される予定です。

主催は「ムカサリ絵馬」展実行委員会で、
日本民俗学会第62回年会実行委員会が協賛、
http://www.sal.tohoku.ac.jp/fsj62/
東北民俗の会などが協力、
http://www.tohokuminzoku.com/
東北大学宗教学研究室が後援しています。
http://www.sal.tohoku.ac.jp/religion/

同展のサイトには、次のような趣旨説明が出ています:

「ムカサリ絵馬」とは山形県の村山地方において奉納が認められる絵の額です。
多くは50~70cm×40~50cmほどの大きさですが、
一辺が1mを超すサイズのものも稀にあります。
また、やはり数は多くはないですが、絵ではなく写真を合成したタイプのものもあります。

「ムカサリ」という語は、方言で「結婚(式)」や「花嫁」を意味し、
「ムカサリ絵馬」には、結婚に関する状景(祝言や結婚の記念撮影など)が描かれています。
こうした「絵馬」は、死者(主に未婚で亡くなった者)を供養する意図のもと、
観音堂や寺院に奉納されてきました。
地域的な分布としては村山地方に限定され、
特に東根市、天童市、山形市、上山市といった東部で顕著にみられます。
しかし最近では、地域的な展開ではないものの、庄内地方などの県内の他地域や、
宮城県などの県外の寺院なども、独自にこの習俗を採用していることが散見されます。
現存する最古のものは明治後期からみられ、100年ほどの歴史をもつことがわかります。

詳しくは、同展サイトをどうぞ:
http://www.sal.tohoku.ac.jp/mukasari/
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