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このブログのきっかけと趣旨

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本ブログを始めてから約5年が経ちました。
改めて、きっかけと趣旨を振り返ってみます。

かつて年賀状に、前年の業績を列挙してくださる知人がいました。
これは自分の歩みをまとめ、知己の圏内でシェアする意味で、
すぐれた方法だなと思っていました。

ただ、今やインターネットがこれだけ普及すると、
印刷媒体で特定のサークル内に情報を発信するよりも、
ネット上で随時更新し、不特定多数の人々に検索してもらう方が、
効率がよい時代になったな、と感じるようになりました。

そうは言っても、ウェブサイトは運営がなかなか面倒。
ツイッターやフェイスブックは、公私の境界が曖昧になりがち。
そこで、更新がしやすく、なるべく公人として情報発信する場として
このブログを立ち上げました。私人の顔も時折のぞいてますが。
とくに震災の時は、書込で安否を知らせる機能も果たせました。

結局はアナログ人間なので、あまり手を広げないでおくつもりです。
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書評いろいろ

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そう言えば、
片岡樹/シンジルト/山田仁史(編)『アジアの人類学』春風社、2013年
http://shumpu.com/archives/6721
への書評をいただいていたのでした:
・『文化人類学』78巻4号: 532-535頁、2014年(執筆は山口裕子氏)。

また、松村一男/平藤喜久子/山田仁史(編)
『神の文化史事典』白水社、2013年にもいくつか:
http://www.hakusuisha.co.jp/detail/index.php?pro_id=08265
・『宗教研究』379号: 207-212頁、2014年(執筆は大澤千恵子氏)、
・『図書新聞』3113号、2013年(執筆は丸山顕徳氏)、
・『サンデー毎日』2013年4月14日号(執筆は池内紀氏)。
http://mainichi.jp/feature/news/20130402org00m040010000c.html

他にもあったかもしれませんが、すみません把握できていません。
関係の皆様に改めてお礼申し上げます。
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ネアンデルタール人

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今年、ドイツ・デュッセルドルフ近郊の、
ネアンデルタール博物館を訪れる機会がありました。
http://www.neanderthal.de/

ここの展示図録、

Auffermann, Bärbel & Gerd-Christian Weniger (Hrsg.),
Zeitreise erleben. Das Buch zur Dauerausstellung.
Mettmann: Stiftung Neanderthal Museum, 2012

によれば、「我々(現生人類)は皆、いくぶんかネアンデルタール人」
なのですね。「サハラ沙漠以南のアフリカ人を除いて、
どの人も1〜4%のネアンデルタール人遺伝子を有している」、そして、
その原因となった接触は、およそ8万年前に近東で起きた、と(59頁)。

またネアンデルタール人が母音をきちんと話せなかった、
という学説がかつて出されていましたが、「我々と同じように話せたに
違いない」と、これは明確に否定されています(103頁)。

さらに、今年8月に『ネイチャー』誌に発表された論文、

Higham, Tom et al., "The timing and spatiotemporal patterning of
Neanderthal disappearance," Nature, 512: 306-309, 2014

によれば、現生人類とネアンデルタール人は、これまで想定
されていた以上に長期間、ヨーロッパで接触していた、とも。

こうした分野は日進月歩なので、専門外の人間としては、
なかなかついて行くのが大変ですが、関心は持ち続けています。
category読書会・勉強会

第50課到達:古アイルランド語勉強会

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2年強かけて、ようやくここまで来ました。
今日やった第50課は、オーグメントという小辞の使い方。

動詞に付けて「結果」や「可能」の意味を加えるのですが、
「結果」の小辞が付かない例文は:
carsu in fer-so 'I loved this man'.

著者シュティフターがこれに付けている説明が笑えます:
(but that was a folly of my past and I no longer have any feelings for him)
つまり「彼を愛したのは過去のあやまちで、今は何の感情も抱いてない」。
愛の「結果」はもう続いていない。その意味を加えるのが小辞なわけです。

こんな語学の先生がいたら、授業も楽しそうです。
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