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ミュラー『比較宗教学の誕生』への書評

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フリードリヒ・マックス・ミュラー『比較宗教学の誕生』(国書刊行会)
http://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336056894/
への書評、『週刊読書人』2014年12月12日号に前田耕作先生が、
書いてくださいました。

本書の意義をきちんと評価してくださり、嬉しく思っています。
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『水・雪・氷のフォークロア』紹介文

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昨12月24日付で、『東北大学 東北アジア研究センター ニューズレター』63号
http://www.cneas.tohoku.ac.jp/handbook.html
が出ました。その6頁に、『水・雪・氷のフォークロア:北の人々の伝承世界』
http://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&products_id=100317
(勉誠出版、2014年)の紹介を寄稿しました。短いので、下に全文を載せます。

 私は仙台で生まれ育ったくせにスキーやスケートが苦手だが、雪だるま作りや雪合戦は冬の遊びの定番だった。氷柱を折り、霜柱を踏んで学校へ通うのも楽しかった。東北アジアの人々も、雪や氷に包まれた冬を体験してきたから、関連する言い伝えを集めてみたら面白いのでは——こうして出来上がったのが本書である。とくに前半では言語や音楽を専門とする研究者が、少数民族のもとでじかに集めた単語や諺、物語や歌詞などを紹介している。はしがきで私はアンデルセンの『雪の女王』に言及した。この童話にインスピレーションを得たディズニー映画『アナと雪の女王』が今年、全世界の多様な言語に訳され、人気を博している。雪や氷はすでに北の人々の専売特許ではなくなったが、あくまでスクリーン上での話だ。台湾や沖縄から東北大に来た学生たちは、初めて見る雪景色に歓喜する。やはり現場の力は健在だ。現地を歩いてきた執筆者陣から、その迫力を感じとってほしい。
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『おこった月』

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『おこった月』という絵本があります。
ウィリアム・スリーター再話、ブレア・レント絵、
はるみこうへい(晴海耕平)訳で、1975年冨山房刊、
2006年に改訳のうえ長崎の童話館から出ています。
http://www.douwakan.co.jp/group/books/131.html

北米「先住民族」のルーパンという少年が、
月に連れ去られてしまったラポウィンザという少女を追い、
月の近くの星に次々に矢を射て、矢の鎖(梯子)を作り、
天に昇ります。その際、茂みの枝を髪に挿して行きます。

途中でお腹が空くと、枝に実った果実を食べました。
天上に着いた少年を迎えた老婆は、口から焼き魚や
焼きトウモロコシ、果物を出して食べさせてくれ、さらに
松ぼっくり、魚の目、ばらの花、石のかけらをくれました。

月の家で泣いているラポウィンザを救出したルーパンは、
松ぼっくりに代わりに泣き続けさせます。追って来た月に
魚の目を投げると湖が、ばらの花を投げるとばらの茂みが、
石のかけらを投げると高い山が現れ、2人は逃げおおせた、

こんな話です。

民間伝承として見ると「矢の鎖」・「呪的逃走」のモチーフが
組み合わさった話です。ちなみに出典は(訳書には記載なし)

Swanton, John R. 1909.
Tlingit Myths and Texts.
(Smithsonian Institution, Bureau of American Ethnology, Bulletin
39). Washington: Government Printing Office, pp. 209-212.

米国の人類学者スワントン(1873-1958)が1904年、
アラスカ州ランゲル村に住むトリンギット族の首長の母親から、
英語で聞いて記録したのが元の話です。

が、原話を読むと絵本とは細部が違っています。原話では、
・少年・少女ではなく二人の少年の話になっており、
・老婆がくれたのはトウヒの球果、バラの枝、アメリカハリブキ
(devil's club)、そして砥石でした。

改めて面白いなと思ったのは、矢の梯子に昇る際、
茂みの枝を髪に挿してゆき、その実った果実を途中で食べた、
という部分です。

台湾原住民タイヤル族の神話にも、似た話があります。

大昔はまだ月がなく、半年はずっと昼、半年はずっと夜なので
人々は困り果て、若者たちを太陽征伐に送り出した。
その際、若者たちは赤子を負い、道々ミカンを植えて行った。
しかし彼らは老いて死に、成長した子供たちが太陽を射た。

射られて二分され、片方は太陽に、もう片方は月になった。
そして目的を遂げた青年たちは、実ったミカンを食べつつ、
村に帰って来た、というのです。

(小川尚義・浅井恵倫『原語による台湾高砂族伝説集』
 東京:刀江書院、1935年、41-44頁)

遠征に出る時に糧食を欠かさない、というのは、まさに
生活実感がにじみ出ていて、面白いなあと思います。
そしてこれも、環太平洋の神話・文化の共通例の一つです。
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《共に問い、共に考える》 哲学対話@せんだい:1/10

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次のような催しをおこないます。
興味がおありの方、ご連絡ください。

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《共に問い、共に考える》  哲学対話@せんだい

私たちは 「考えること」で、はじめて人間らしく生きることができます。
でも「考える」って、そもそもどういうことなのでしょうか。どのように考えるのが
いいのでしょうか・・・。哲学というのは、この「考えること」そのものである
ような営みであり、生きることにおいて、誰にとっても必要なものだと言えます。
ではどのようにして哲学は、すべての人のためのものになるのでしょうか。今回
の「哲学対話@せんだい」では、「語る」-「聞く」という対話を通して共に問
い、共に考えることによって、誰もが自ら「哲学する(philosophize)」場を作
りだします。哲学を学ぶのではなく、自ら哲学者になって考えてみませんか。

お招きするのは行動する哲学者、梶谷真司(かじたに しんじ)さん:

1966年愛知県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。
現在、東京大学大学院総合文化研究科准教授。専門は哲学、比較文化、医学史。
最近は「哲学対話」のプロジェクトを推進。主な著作に『シュミッツ現象学の根本問題
――身体と感情からの思索』(京都大学学術出版会)、「集合心性と異他性――
民俗世界の現象学」(『雰囲気と集合心性』京都大学学術出版会に所収)など。

とき:2015年1月10日(土)18:15〜21:15
ところ:せんだいメディアテーク7階会議室b
参加費:無料
定員:20名

参加ご希望の方は、12月27日(土)までに、山田あてメールにてお申し込み下さい。
希望者が定員を上回った場合、抽選とし年内に結果をお知らせいたします。
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